震災後、たくさんの方々がボランティアなどの支援活動をされています。
直後の緊急性を伴った支援から、今後はより一層、持続性のある支援へとなっていく中で、このような言葉、思いが、長期間現地VCに入っているコーディネーターから参りました。
(少し強い言い方の部分もありますが、そのまま引用させていただきます。)
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震災からもうすぐ半年。
自分もこの半年間、無我夢中で走ってきました。
自分がどんなに思い入れを持って現地で活動しても、それでもやはり自分は被災していない。
家族や友人を目の前で失い、無残にも壊滅した自分の生まれ育った町で、
死体が当たり前のようにそこかしこに転がっている。
死体を安置所に運びたくても、それを運ぶ車もガソリンもない。
安否を確認したくても電話がない。
助けに行きたくてもガレキで行けない!
そんな状況の中、この半年現地の方は必死で今日まで走ってこられました。
現地の人は本当に地獄の日々だったと言っています。
どんなに自分が頑張ろうとも、その気持ちは自分には残念ながら絶対に分からない。
昨夜は、現地の人とそんな話をしていました。
この半年間で自分は自分なりに出した答えがあります。
何もできないけれど、少しでも現地の方々の心に寄り添うこと。
そのことこそが僕らにできる唯一の方法で、そうしたらおのずと(ボランティア活動についての)細かい説明や注意はいらないんです。
そこから参加したそれぞれがどのように感じ、どのように振舞うのか?
それが本来のボランティアの形ではないかな?と僕はそう思います。
今日、現地は初盆を迎えます。
町には喪服姿の方々の姿も見えます。
震災から半年。現地の方々が本当に笑えるようになるまで。
黙祷。
陸前高田災害VC Nより
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直後の緊急性を伴った支援から、今後はより一層、持続性のある支援へとなっていく中で、このような言葉、思いが、長期間現地VCに入っているコーディネーターから参りました。
(少し強い言い方の部分もありますが、そのまま引用させていただきます。)
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震災からもうすぐ半年。
自分もこの半年間、無我夢中で走ってきました。
自分がどんなに思い入れを持って現地で活動しても、それでもやはり自分は被災していない。
家族や友人を目の前で失い、無残にも壊滅した自分の生まれ育った町で、
死体が当たり前のようにそこかしこに転がっている。
死体を安置所に運びたくても、それを運ぶ車もガソリンもない。
安否を確認したくても電話がない。
助けに行きたくてもガレキで行けない!
そんな状況の中、この半年現地の方は必死で今日まで走ってこられました。
現地の人は本当に地獄の日々だったと言っています。
どんなに自分が頑張ろうとも、その気持ちは自分には残念ながら絶対に分からない。
昨夜は、現地の人とそんな話をしていました。
この半年間で自分は自分なりに出した答えがあります。
何もできないけれど、少しでも現地の方々の心に寄り添うこと。
そのことこそが僕らにできる唯一の方法で、そうしたらおのずと(ボランティア活動についての)細かい説明や注意はいらないんです。
そこから参加したそれぞれがどのように感じ、どのように振舞うのか?
それが本来のボランティアの形ではないかな?と僕はそう思います。
今日、現地は初盆を迎えます。
町には喪服姿の方々の姿も見えます。
震災から半年。現地の方々が本当に笑えるようになるまで。
黙祷。
陸前高田災害VC Nより
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これを読んだ、支援活動続けている面々もいろんな思いを感じたようです。
・寄り添うこと。そして、もう一つNさんが感じたこと、そのことを伝え続けていくことも大事だと思っています。風化させないように。もちろんNさんだけじゃなく、自分も含めて、この震災にかかわった人達みんなが・・・
・喪失の痛みは、それを経験した方にしか分からないというのは、現地で自分も感じ入っていることです。ただ、現地の方の気持ちを理解できなくとも、現地の方を支えるための何かはできると思うので、今後もそれに向けて邁進してゆきたいと思います。
・仲良くなって毎日軽口を叩き合っている方たちも、自宅がすべて流され、家族を失っている。普段はそんなことも忘れさせるくらい明るいけれど、「家、もう見たくないんだよ。」なんてふと言われてはっとする。自分にできることは、時には軽口に付き合ったり時にはいっしょに泣いたり時には今後のビジョンを語り合ったり。少しでも、ほんの少しでも、希望の光を見させてあげること。いや、共に見つけ出すこと。隣にいて、同じ方向を見ること。同じ景色を見て、共に感じること。
まだまだ、踏ん張ろう。
まだまだ、踏ん張ろう。
・失った悲しみは、はかりしれない。失ったものにしかわからない。残念ですがそうなのかもしれません。
「私たちはね、津波に流されたんじゃないのよ。文明の波にのまれたの」と呟いた親も夫も漁師だというおばあさん。「町の人を町に戻したいんだ」と一人もくもくと自宅のがれきを片付け続ける男性。「なんで手伝わないのって思うかもしれないけど、がれきはもう見たくないの」と言った女性。
出会った一人一人の言葉を胸の奥に深く刻んでいます。初盆を迎えるにも、大きな決断をした方は少なくないと思います。
「私たちはね、津波に流されたんじゃないのよ。文明の波にのまれたの」と呟いた親も夫も漁師だというおばあさん。「町の人を町に戻したいんだ」と一人もくもくと自宅のがれきを片付け続ける男性。「なんで手伝わないのって思うかもしれないけど、がれきはもう見たくないの」と言った女性。
出会った一人一人の言葉を胸の奥に深く刻んでいます。初盆を迎えるにも、大きな決断をした方は少なくないと思います。
その決断が前に、未来に向かえるように心をこめてお手伝いしたいと、改めて思います。
「私たちは伝えるために生かされたんだ」と傷ついた人が言うなら私たちは、傷ついた心によりそうために、その言葉を現地から伝えるためにあの場に集められたのだと今、そう思います。そして、傷ついた人を気遣うように、ここで出逢った皆さんという大切な仲間に対しても同じように思いやる人間でありたいと思います。
・現地に行ったというだけで「すごいね。」と言われます。そう言われた時、僕はこう答えます・・・「すごいのはオレじゃなくて、復興の為に立ちあがった現地の人達だよ。」
正直・・・関心のない人に現地の話をするのは辛いです。でも、自分はNさんから現地の状況を聞き都ボラに参加し、現地の方々と接したことで、今後も活動を続けていこうと決意しました。自主性の無いボランティアでは意味が無いということは理解していますが、自分のように身近な人から話を聞くことが、行動を起こすきっかけになる人もまだまだいるはずです。
伝えることの大切さを身をもって感じていますので、これからも現地に行けない間は『伝えること』を続けていきたいと思っています。
・寄り添うこと、伝えること、とても大切なことです。人の痛みや苦しみは決して本当にはわからない、そうだと思います。ぼくが心配なのは、厚い志をもったボランティアの皆さんが、燃え尽きてしまうことです(自分も含めて)。役立たずでも、失敗しても、時には卑怯でも僕は全然良いと思うんです。
それこそ、寄り添うこと、伝えること、がボランティアをする上で一番大切なことなんですが、それが為に自分を追いつめたり、他人を追いつめたりしないように心がけたいと思っています。
「私たちは伝えるために生かされたんだ」と傷ついた人が言うなら私たちは、傷ついた心によりそうために、その言葉を現地から伝えるためにあの場に集められたのだと今、そう思います。そして、傷ついた人を気遣うように、ここで出逢った皆さんという大切な仲間に対しても同じように思いやる人間でありたいと思います。
・現地に行ったというだけで「すごいね。」と言われます。そう言われた時、僕はこう答えます・・・「すごいのはオレじゃなくて、復興の為に立ちあがった現地の人達だよ。」
正直・・・関心のない人に現地の話をするのは辛いです。でも、自分はNさんから現地の状況を聞き都ボラに参加し、現地の方々と接したことで、今後も活動を続けていこうと決意しました。自主性の無いボランティアでは意味が無いということは理解していますが、自分のように身近な人から話を聞くことが、行動を起こすきっかけになる人もまだまだいるはずです。
伝えることの大切さを身をもって感じていますので、これからも現地に行けない間は『伝えること』を続けていきたいと思っています。
・寄り添うこと、伝えること、とても大切なことです。人の痛みや苦しみは決して本当にはわからない、そうだと思います。ぼくが心配なのは、厚い志をもったボランティアの皆さんが、燃え尽きてしまうことです(自分も含めて)。役立たずでも、失敗しても、時には卑怯でも僕は全然良いと思うんです。
それこそ、寄り添うこと、伝えること、がボランティアをする上で一番大切なことなんですが、それが為に自分を追いつめたり、他人を追いつめたりしないように心がけたいと思っています。
なんとなくそこにいる、名もなき人でいいんじゃないでしょうか?
・「なんとなくそこにいる、名もなき人」
いいですね。そうありたいです。それこそが究極のボランティア精神なのではないか、と思います。「何も求めない」って、本当に難しいことですよね。自分がしたいから、心のままにしているだけ、そう思うことで、ずいぶん自分が楽になりました。
・被災された方の気持ちは絶対にわからないとわかっていても、できることがあるならばと走り続けてきました。ボランティアの立場においても心が折れそうな時が何度もありました。だけど、週末に行われた陸前高田のうごく七夕まつりに参加し、地元の皆さんから発せられるパワーはもちろん、山車の灯りが復興への光の一筋として感じられました。美談だけでは片づけることはできませんが、地元の方の笑顔をこの目で確認することができ、自分の気持ちも少し楽になりました。
なるべく現地に入って、現地の方と共に未来を創造できるくらいの距離感で寄り添っていければと考えております。
・現地の人が何を求めているのか?それが大事。
・現地の人に寄り添う、それが一番大事なことです。ただ、それを持続させるためにも、決して自分や仲間への思いやりは脇へどかしたりしない方がいいと僕は思っています。これでいいのか?寄り添っているか?続ける限り、問い続けるしかないと思います。だけど、問い続ける中で、自分や誰かを否定することはさけたいですよね。
・燃え尽きないため、燃え尽きようとしても、また立ち上がる。それは、馴れ合いでもない。みんなが力を必要としているから、みんなのために力を出したいから。強制ではなく、みんな自分の意思で。助けあい、高めあい、そんなチームを作って行きたいですね。
ボランティアに参加しようと思う仲間へ
他人の気持なんてわからない。自分の家族ですらわからない。ましてや自分の気持すらわからないこともある。だから、わかります、なんて無責任なこと、決して言えない。そのことを認めるのが大事だと思う。それが人に言いづらいことでも。自分を偽ってたら、本当に寄りそうことはできない。どんな自分でも、それを認めて初めて、寄り添うことができる。そう思い、会社で、知り合いに、ボランティアに参加しようとする仲間へ伝えてます。
・私も、東京にいるときは、時間を作って地域の友人、元同僚、同級生に伝えています。でも、決して誘わないようにしています。自分の意思で行って欲しいから。
これからも、続けていきます。いや、続けなければ。たとえ時間がかかっても。
支援のための行動を起こし、その中で見えてきたことに葛藤したり疑問を感じたり。迷いながらも、「大切なことはなにか」を自分に問いかけ続けています。
そして、被災地に寄り添うこと、被災地をめぐる思いを伝え続けるという点でみなさん同じ気持ちでした。
私自身としては、「災害ボランティアの活動は、被災された方々のサポーターなんですよ」というとらえ方がしっくりきていて、その時にじゃあどうしたらいいのかなということを考えています。
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